家と人をめぐる視点

第5回

1センチ以下の「段差」がバリアとなる家。

住宅・生活誌「家と人。」編集長 加藤 大志朗

段差をなくしても
床には危険がいっぱい

家庭内事故が深刻です。厚生労働省の人口動態統計(2010年)によると、不慮の事故死4万732人のうち約3分の1に当たる1万4249人が家の中で起きており、この数字は同年の交通事故死者数(7222人)の約2倍で、65歳以上が約8割を占めます。

最も多いのは浴室内での溺死で、ヒートショックとの関係が色濃いことはこれまでに述べました。次いで多いのは同一平面での転倒、階段やステップからの転倒・転落の順で、フラットな床での死者数が多いことに驚きます。

入居したその日に事故に遭うケースは少なくありません。ワックスを塗ったばかりの床。その床に置かれた滑り止めのない玄関マット、キッチンマット、浴室マットにトイレマット。脚立や座布団。床を這う電気のコードや散らばった新聞のチラシ…など、いわば数ミリの段差につまずいたり、慣れない階段から転落してしまうのです。

階段の場合は、下りの始めと終わりに事故が多く、降りる際、意識していた場所より手前で踏み外して階下まで落ちる、階段が終わりだと思ったら、もう1段あって踏み外すといった事故が多く報告されています(日本大学理工学部 まちづくり工学科 八藤後猛教授調査)。

スリッパによる事故も増えています。日本人がいまだスリッパの生活から脱却できずにいるのはなぜでしょう。せっかく無垢の床としたなら、素足で木の感触を味わいたいところですが、冬はおおよその家の床は冷たく、とても素足では過ごせません。冷たさというバリアがスリッパの習慣を根付かせ、家の中に何枚ものマットを配置させてきたのです。

断熱性能を高めた家であれば、床暖房でなくても床面は18℃から下がることはなく、スリッパやマットも不要になります。

低いレベルの断熱性能による劣悪な温熱環境が、ヒートショックのみならず、家庭内事故全般の原因といえそうです。

小さな家でもゆたかな
空間の家にする

新築やリフォームの際は、この家で「もし、車いすを使うとしたら」という想像力で計画に臨むとバリアフリーの空間に近づくことができます。

動線は短く、太く(幅)が原則。寝室、トイレ、浴室などの広さ、廊下やドアの幅なども車いすの使用を前提に考えると「狭さ」というバリアの意味がわかってきます。

階段は身体が不自由になったとき、一人で昇降ができるかどうか。両側に手すりを付けたら、どのくらいの幅が必要か。蹴上げや踏面はどのくらいが快適なのか――などを考えます。

建築基準法での階段寸法は、蹴上げ(階段一段の高さ)23センチ以下、踏面(階段一段の奥行き)15センチ以上と定められ、最近は蹴上げも踏面も20センチくらいでつくられているところが大半です。

しかし、階段でも「狭さ」はバリアとなります。蹴上げは1センチでも低く、踏面は1センチでも長くつくると、抱えている膝痛や腰痛がいきなり改善したのではないかと錯覚するほど昇降が楽になります。

狭い居室を並べたLDKスタイルの家では、各室にベッド、テレビ、家具、パソコンなどが置かれ、各居室の空間が狭くなりがちです。

在宅介護の際には布団でもベッドでも、周囲に3人の人が立てるくらいの空間をとる三方介護が基本ですが、マンションなどに多く見られる4畳半や6畳にモノがあふれた空間では、在宅介護は極めて難しくなります。

段差や手すりの問題ではなく「狭さ」そのものが、身体が弱い状態をサポートしないのです。

大きな家が理想なのではなく、空間を小間割りせず、廊下や無駄な収納を減らし、将来生じるかもしれない介護に対応できるよう、間仕切りが変更可能な間取りを考えることが大切です。こうした発想での設計を可変的設計と呼びます。

断熱性能を上げることで、居室を小間割にする必要がなくなり、温度差のない空間ができます。廊下は不要か最小限となり、行き止まりも少なくなります。引き戸にすることで、ドアを開閉するスペースが省略できます。引き戸は指1本で開閉できる、日本が世界に誇る伝統的なバリアフリー建具です。

こうした細かな積み重ねで面積の無駄を減らし「狭さ」というバリアを開放していくことで、建築費用も割安となり、小さな家でも空間がゆたかなバリアフリーの家に近づくことができそうです。

車いすを利用する障がい者が一人で暮らす家。引き戸は日本が世界に誇るバリアフリー建具。指1本で開閉でき、ドアのように開閉のための面積の無駄もない。

同じく、障がい者が一人で暮らす家。廊下はなくするか最小限とするのが理想だが、必要な場合は120〜140センチの幅がないと車いすの回転は難しい。これだけの幅を設けておけば、健常者にとっても開放的な空間に。

食べる・寝る・くつろぐ機能を集約したホテルのようなワンルームの大空間。平屋は究極のバリアフリー。70代の高齢者が一人で暮らすために考えられた。

階段は蹴上げも踏面も幅も、1センチ違うだけで昇降する感覚が劇的に異なる。両側に手すりを設けるのが基本。

かとう だいしろう (文)
Daishiro Kato

1956年北海道生まれ。編集者。住宅・生活誌「家と人。」編集長。これまでに約20カ国を訪れ、国際福祉・住宅問題などの分野でルポや写真、エッセイを発表。住宅分野では30年にわたり、温熱環境の整備と居住福祉の実現を唱えてきた。主な著書に『現代の国際福祉 アジアへの接近』(中央法規出版)、『家は夏も冬も旨とすべし』(日本評論社)など。岩手県住宅政策懇話会委員。出版・編集を手掛ける(有)リヴァープレス社代表取締役(盛岡市)。

↑ このページの先頭へ