家と人をめぐる視点

第6回

暮らしのなかの「間(ま)」の話。

住宅・生活誌「家と人。」編集長 加藤 大志朗

曖昧さにも価値を
求める日本の文化

日本の文化は「間」の文化ともいわれます。

能楽などの音楽や浮世絵・水墨画などの絵画、芝居や歌舞伎、短歌・俳句、建築、人づきあいに至るまで、たくさんの世界で「間合い」を見極めることが理想とされ、少しでも計測を誤ると「間が悪い」と呼ばれ「間違い」になることもあります。

時間・空間・世間・人間など、いろんな「間」がありますが、建築の世界はひときわ多く、洋間、日本間、寝間、茶の間、次の間、仏間などの部屋、土間、板の間、床の間などの部分があって、私たちも日常的に間仕切り、間取りなどの言葉を使います。

寸法にも「間」があります。1間(けん)=6尺で、1間四方が「坪」となり広さが容易に想像できるのは、このスケールが身体寸法を基本としているからです。

「尺」という文字はもともと掌を広げて長さを計る動作を文字に表わしたもので、「寸」も親指の幅に由来します。1尺は30.3センチ、1寸は3.03センチで、いまでも大工さんたちは、このスケールで家を建てているのです。

ちなみに、メートルの基準は人間の身体ではなく地球。17世紀、ヨーロッパで単位を統一する議論が高まり、1世紀以上の議論を重ねた後、1791年にフランスがメートル(ギリシャ語で「計る」の意味)という単位を提唱しました。その基準となったのが北極から赤道までの子午線の距離で、その1千万分の1を1メートルとしたのです。

メーターモジュールも増えてきましたが、家に関しては100uというより約33坪といった方が、おおよその広さを頭で描けるのは、日本人特有の身体感覚によるものかもしれません。

家具がなくても
住める日本の家

古くから日本の住まいは、空間を小間割りせず、広めの空間を襖(ふすま)などで開けたり閉めたりしながら使い分けてきました。ちゃぶ台を出せばダイニング、片付けて布団を敷けば寝室というように、1つの部屋でも多目的な用途が可能だったのです。

畳や押し入れ、床の間などは家に造り込み、箪笥などの家具は納戸に置くのが通例で、ちゃぶ台や布団は「家具」ではなく「道具」に近い存在だったといえます。

これが欧米ですと、家に入って、椅子がなければ立っているほかありませんし、テーブルがないと食事もできません。ベッドがないと硬い床に寝るしかないのです。

また、日本の家は部屋と部屋のつながりだけではなく、室内と自然界とのつながりも大切にしてきました。

軒下や縁側、渡り廊下などは、内部とも外部とも判断できない中間的な領域で、住人はこれらの領域を媒介して、折々に外部とのつながりを持とうとします。

なかでも縁側は、室内から見れば半分が外のようであり、外から見れば半分が家のなか。四季の変化、1日のなかでの時間の移ろいを感じながら生活する日本人の感覚を表わす場所でもあります。

日本の「窓」はもともと柱と柱の間に戸を立てる「間戸」であり、石壁に通風のために風穴を開ける西洋の「wind+ow」と異なるところも興味深いところです。

家具なしでは1日も生活できない家、家具はなくとも寝食が可能な家。文化の違いとはいうものの、引き算を徹底した空っぽに近い空間に美を見出し、自在に住みこなしてきた日本の「間」が、現代の家で急速に姿を消しつつあるのは残念です。

内と外をつなぐ
結界という「間」

曖昧さを大切にしながらも、日々の行動様式は内と外とを厳しく区別してきたのも日本の家の特徴です。

家に入るときには靴を脱ぎ、スリッパに履き替えても、そのスリッパで座敷に上がることは許されません。暗黙のうちに序列がつくられ、玄関の土間と上がり框、上段の間と下段の間、床の間と座敷、廊下と部屋など、音・気配・視覚では連続しても、わずかな段差や建具、暖簾や衝立などで境界を造っているのです。こうした境界のことを「結界」といいます。

その共通理解を持った共同体が「身内」です。「身内」の「うち」は血縁に限定されず、同じ組織や家屋を表わすこともあります。自分の家のことを「うち」と呼ぶのもそのためでしょう。

文章の世界には「行間で読ませる」といった言葉があります。言葉を連ねるだけではなく、行と行の間の余白の部分でも情景を想像させ、余韻が感じられる文章を書くという意味なのでしょうが、これもまさに「間」の感覚です。

この仕事に就いたばかりのとき、先輩たちに「おまえの文章には行間がない」と叱られてばかりでしたが、あれから40年近くたったいまでも、自分との「間合い」がとれない「間抜け」のままの私です。

開閉自在の和の空間。空間はおおらかでも「気配」を察して暮らす嗜みが要求される。

障子は平安時代に襖から派生した建具。カーテンが主流となった現在でも、縦横のグリッドのデザインは空間を引き締め、他の家具との調和性が高い。仄暗さや陰影の美を演出する建具として、いまも日本の建築文化のなかでは象徴的な存在。

かとう だいしろう (文・写真)
Daishiro Kato

1956年北海道生まれ。編集者。住宅・生活誌「家と人。」編集長。これまでに約20カ国を訪れ、国際福祉・住宅問題などの分野でルポや写真、エッセイを発表。住宅分野では30年にわたり、温熱環境の整備と居住福祉の実現を唱えてきた。主な著書に『現代の国際福祉 アジアへの接近』(中央法規出版)、『家は夏も冬も旨とすべし』(日本評論社)など。岩手県住宅政策懇話会委員。出版・編集を手掛ける(有)リヴァープレス社代表取締役(盛岡市)。

↑ このページの先頭へ