第17回
してあげる・してもらう
バリアフリーからの脱却。
編集者 加藤 大志朗
介助する側の都合を優先してはいないか
高齢になったり、事故などで身体が不自由になって発見される設計の善し悪しがあります。
先日、ギックリ腰を経験して初めて、布団からトイレまで移動できないことに気付いたという人のお話をうかがいました。やっとのことで布団から出る。階段の片側にしか手すりがない。廊下を這うようにしてトイレまで行き、トイレにたどり着いても、便器に腰掛けるまでに大変な苦労だったというのです。
在宅介護から在宅看取りにシフトされるこれからの家は「夢のマイホーム」であると同時に、長い老後を生きて死ぬまでの、あらゆる要素が求められる家でもあります。
その家とは、ここで何度もふれてきた温度のバリアを解消した家であり、段差や狭さを解消した家でもあります。
何より大切なのは、介助を必要とする人が、できるだけ自活して生活できる工夫です。
自分の力でベッドからキッチン、トイレなどに移動できる。自分の意志で、食べたいものを調理できる。いつでも、コーヒーや紅茶の時間を楽しめる。多少の時間はかかっても、好きな時間に、家の中のどこにでも移動できる。
家族などの介助者に「してもらう」のではなく、自分の残存機能に応じて、暮らしをコントロールできることが多いほど生きる楽しみが増え、介助者の負担も少なくなります。
こうした視点で家の設計を考えてみますと、介助する側に都合のいい設計が多くを占めてきたことに気付くのです。
介助者なしで昇れるスロープはあるのか
例えば、車椅子の人には段差がバリアで、床の高低差を解消できない場合は、スロープというのが一般的な考え方です。
バリアフリーが叫ばれて久しいですが、確かに病院や施設、自宅でも、スロープを見かけることが多くなってきました。
しかし、車椅子を利用する本人が、自分の意志と自分の力だけで昇降できるスロープがどれくらいあるでしょう。ほとんどの場合、介助者が車椅子を押しているのです。使いづらいだろうけれど、世間体もあるので、一応福祉的なサービスとして付けておきました、といった意図を感じてしまうこともあります。
通常、段差に対して必要なスロープの長さは、段差の12倍といわれています。12倍とは1メートルの段差で12メートル、50センチの段差で6メートルが必要になるという意味ですが、盛岡周辺の平均的な住宅地で、6メートルもの長さを玄関までとることはほぼ困難です。
バリアフリー法では、屋外のスロープは15倍としており、できるだけ緩い勾配になるよう配慮されています。滞在時間の長いわが家では制約が多く、屋外や公共建築物ではバリアが緩やかという視点には疑問を感じてしまいます。
これは「狭さ」というバリアを解消せずに「段差」だけを力ずくで処理する発想と言い換えることもできそうです。
トイレ、浴室、寝室などの面積が十分ではないために、介護の状況になった際、介助者にも大きな負担を強いる「夢のマイホーム」はいまも少なくありません。
古い家ではなおのこと、奥行き、幅ともに不足し、手すりも付けられない、寝室ではベッドを置くと三方介護の態勢がとれず、介助や訪問医療が困難などの問題が山積しています。
建築物のバリアフリーを考える際には「段差の解消」と「狭さの解消」という二つのバリアを同時に解除することが大切なのです。
10年前後の介護期間
過ごすのは「わが家」
手すりに関する誤解も少なくありません。リフォームの際など、「廊下や階段に手すりを付けたいが、どちら側に付けたらよいか」という声をよく聞きます。
階段の場合、片手が不自由だと昇りは便利でも、降りるときには反対側に手すりが必要です。廊下も同じで、行きはよくても、戻ってくるときは反対側にも手すりがないと身体を支えることはできません。
移動をサポートする手すりは、両側に必要なのです。
ただ、古い家での階段幅は75センチほどしかなく、両側に10センチ程度の幅が必要な手すりを付けると、通路部分は55センチになります。だから片側だけで我慢するというのでは本末転倒で、ここでも「狭さ」の問題が浮き彫りになります。
日本人の健康寿命は男性72.14歳、女性が74.79歳(2016年)。平均寿命と健康寿命との差で考えると、健康上の問題で「日常生活に制限のある期間」が平均で9〜12年。
その期間を過ごす場所が自宅にシフトされてきた以上、いつまでも自活して生活でき、介護が必要になっても家族に負担の少ない家の有り様がもっと真剣に論議されてもいいはず。しかしながら、テレビや雑誌の住宅のCMを見ると、将来、大規模な改修が余儀なくされるような家が少なくないことが残念に思えてきます。
不自由さを感じるたびにリフォームを繰り返すより、新築の際に、いくつかの備えを組み込んでおく方がコストも割安で済みますし、極めて価値の高い先行投資にもなり得ます。
「終の棲家」とは「最期のときだけ」過ごせる家ではありません。「最期のときでも」安心できる家をいいます。
トイレの幅(有効内法幅)は85〜90cm必要。車椅子でも使いやすい広さ、手すりや手洗い器の工夫を図る。高齢者夫婦の世帯であることから、世間体よりも、居間・寝室からすぐに移動できるよう配慮された家。
断熱・気密性を高めることで空間を小間割りする必要がなく、廊下のない大空間でも温度差は解消される。段差の解消は大切だが、畳コーナーなどあえて大きな段差を付けることで、車椅子の生活でも畳の感触を味わうことは可能となり変化を楽しめる。
ユニットバスが主流だが、浴室の入口の戸幅はトイレと同様、85ー90cmは確保したい。脱衣室から浴室に入る段差も解消。リフォームでは大掛かりな工事となるため、新築時から一定以上の広さを確保することで余計なコストはかからない。もちろん、脱衣場、浴室の温度は居間とほぼ同じに保つ。
●参考文献
「21世紀型住宅の常識 バリアフリーの建築マニュアル」(米木英雄 雲母書房)
「東伊豆が創る新しいユニバーサルタウンのかたち」(静岡県東伊豆町)
「北海道公営住宅ユニバーサルデザインガイドブック2010」(北海道)
かとう だいしろう (文・写真)
Daishiro Kato
1956年北海道生まれ。編集者。これまでに25カ国を訪れ、国際福祉・住宅問題などの分野でルポや写真、エッセイを発表。住宅分野では30年以上にわたり、温熱環境の整備と居住福祉の実現を唱えてきた。主な著書に『現代の国際福祉 アジアへの接近』(中央法規出版)、『家は夏も冬も旨とすべし』(日本評論社)など。出版・編集を手掛けるリヴァープレス社代表(盛岡市)。