ある日の開業医生活
ある日の開業医生活【2008年秋;特定健康審査】
2008年秋。 ある開業医師は午後の仕事が一段落したので、 一服しに少し自宅に戻りました。 妻は午後の紅茶で快く応対してくれました 「今日はヘンな患者さんが、 たくさんきたよ」 と話しかけると 「ヘンって、 どんな患者さん?」 妻が答えます。
「2008年から特定健康審査というものができてね。 40才から74才までの全ての人間が受ける義務検診だって。 項目が少ない集団検診だ」 「特定健康審査?」
「うん。 採血と身体測定だけなんだけれども、 基準がかなり厳しくて、 引っ掛かる人が異常に多いんだ」 「それで、 どうしたの?」 「カルテ作って
『3カ月後にまた来て下さい』 とニコヤカに話しておいた」 「それだけで良いなら患者さん増えて良いわね」 「だって異常に多いよ」
「異常に多いって言っても、 半分も引っ掛かるのではないでしょう」 「イヤ、 半分以上かも」 「その人たちは病気なの?」 「これから先、 病気になる可能性の高い人が、 市からの指導 (特定保健指導) を受けてから、 病院にやってくることになったんだ。 その中には検診に行く時間がないから、 最初から病院で検診してくれないかと言って来る患者さんもいた」
「検診してやったらいいじゃない。 あんた患者さんには優しいんだから」 「でも支払基金に登録して 規定を作成して (ホームページか院内掲示で) 公開して 検診結果はレセプト電子データで提出する、 が条件だ。 しかも、 タバコやめて、 アルコール減らして、 甘いもの減らして、 と説教が主体だし、 その話をしていると自分も減らすべきだ、 と気が滅入る」 「なるほど、 だから浮かない顔してるのね」
少し考えて妻は明るく言いました。 「大丈夫。 日医総研があるわ。 日医標準レセプトソフトを作ってお医者さん達を救ったように、 また同じように、 ホームページやレセプト電子データ作成の原形作ってくれるに違いないワ」 「考え方が前向きだね。 オレも禁酒、 禁煙、 甘いもの抜きで運動しなければならないわけだ」 「そうねエ、 あんたが昔から禁酒、 禁煙していたのなら患者さんが少なくても経営が成り立っていたわ」 「ホナ、 アホな」
ある日の開業医生活【2008年春;600点月1回】
2008年春。 ある開業医師は午後の仕事が一段落したので、 一服しに少し自宅に戻りました。 この医師が最近は良く自宅に戻るので、 妻は少し心配です。 妻が 「最近どうしたの? 元気がないわね?」 と話しかけても、 リスポンスが良くありません。
少し経って、 医師は重い口を開きました 「しなければならない事ばかり増えてきて、 全然、 先が見えないんだ」 妻は大変ねと言う代わりに 「仕事増えたら、 お茶なんか飲んでられないでしょう」 と言って (ヤベエ。 ムカッと来たかな) しまいました。
幸い、 医師は妻の言葉は無視して、 遠くを見るような目をして続けました 「75歳以上の患者さんには月間計画表や年間計画表を話して書いていく作業が2008年4月から増えた」 「(無視してくれてエガったと思いながら妻は) でもオ、 点数は225点の月2回より、 600点月1回でとれるという風に高くなったんでしょう?」
「そうでもない感じだよ。 検査は定期だとすべて包括になったんだ。 したがって、 腹部超音波検査の530点、 胸部レントゲン写真163点、 心電図150点、 上部消化管内視鏡1296点までも全部、 定期だと点数なしになってしまった」 「検査しない方が黒字かも知れないわけね」 「うむ。 機械を新しく入れても、 検査やってもやらなくても、 同じ値段なら、 検査しない方が手間が掛からないので、 検査やらなくなってしまう」 医師は呻くように答えます。
「ナルホド。 でも肝臓病のように頻回に検査したい人は、 点数が同じだから会計は安くなって患者さんには良いわけね」 妻は明るく答えます。 医師は 「そうだね。 患者さんは負担金が安くてきっと助かるね」 「頑張って (ヤベエ。 励ましてはいけないのか) ・・るね。 前向きの方法を考えましょう (「頑張って」 より 「頑張ってるね」 が良いって聞いた。 日本語は難しい)」 「会計が安くなるなら患者さんには良いって今、 キミが教えてくれたでしょ。 それだけでもずいぶん前向きだよ」 「借金はそのうち返せるワ。 きっと。 (でも検査は外注だし結局前より赤字になるゾ。 大変だコリャ)」
ある日の開業医生活【2008年夏;ピンクレディー】
2008年夏の午後。 ある開業医は、 夜のテレビ番組表を見ながら妻に話しました。 「その昔、 ピンクレディーが歌番組で流行っていた時は良かったね。 日本中が、 踊って歌っていた。 あの時代はビデオ機械がないから、 いちいち出る番組見て踊りを覚えた。 ディスコやダンスパーティもあった。 少しぐらい嫌なことがあっても、 イライラも飛んでいたような気がする。」
妻は答えます 「確かに、 座ってばかりいれば、 痔にもなりますね (シモタ。 この人は、 痔持ちだった)」 妻の皮肉に慣れているのか、 鈍感なのか、 医師はそれには答えず、 遠くを見る目をして 「診察室に黙って座っているから、 体の調子があまり良くないんだ。 外に出ないといけない」
妻は 「お医者さんは、 診療所にいないといけないのでしょう? (シモタ。 気持ちを逆撫でしたか?) イ、 イヤ、 そーねー。 往診すれば、 良いのでない? 『現在、 往診中』 と言うのは、 診療所医師不在のアリバイになるよ。 (表現が刑事モノか昼メロだ。 私はどうも表現が下手だ)」
開業医は 「そうだ」 と突然立ち上がり (妻はこの時、 驚いたと同時に自分の話を聞いていないダンナを確認して、 ホッとした) 「ディスコが良いのでないか。 ディスコやっているところを知らないか?」 「そうねエ、 確か映画観通りの日活ビルで、 金曜日、 隔週でやってるって聞いたことがあるけど・・」 「グループサウンズも再形成している時代だ。 オヤジバンドもある。 オヤジバンドは全国大会もある。 オヤジダンサーズもある。 ひとまず、 ダンスだ。 イヤ、 まず歌を歌おう。 カラオケ行こう」
妻は 「そんなヒロシの得意なエイトビートのダンースってとこですか?高田みずえだね (どうせ聞いてない)」 お医者さんは真面目な顔で 「たった1時間のステージのために1年間練習する芸能人もいる。 ひとまず、 ステージに立つ目標を立てよう」 妻は 「目標を立てることは、 あんたのメタボリック対策になるかもしれないね。 (シモタ、 また、 下手なこと。 でもどうせ聞いてないか) …今度の日曜空いてるよ。 アタシも行くよ。 ついて行く」