人物クローズアップ vol.18
地域医療は暮らしの医療
地域が求める医療像に
柔軟に対応できる医師でありたい
守口医院 院長
守口 尚(遠野市医師会)
救急医療の現場を経て
遠野市の診療所へ
私は東京の出身ですが、身内に岩手医大出身の医師や歯科医師がいたので、子どもの頃から岩手は身近に感じていました。そんな影響もあって私自身も岩手医大に進み、卒業後は大学に籍を置きながら、県内や秋田県の病院に勤務していました。脳神経外科の分野は救急性が高いですから、岩手県高度救命救急センターをはじめ、救急医療の現場に立つことが多く、気の休まらない日々でした。
深刻な医療不足に悩む遠野市から診療所に来てくれないかとお誘いを受けたのは、ちょうどその頃ことです。妻が遠野市の生まれなので、何かお手伝いができるならと要請を受け、平成16年4月に遠野市国民健康保険中央診療所へ赴任しました。遠野には山間部の小さな出張診療所もあり、初めてそこに行ったときは非常に驚きました。その診療所には聴診器と血圧計と心電図くらいしかなかったのです。
それまで私は、医療は医療設備の整ったところで行われるべきだと思っていたので、さて、こんなに何もないところで一体私はどうしたらいいのだろうかと模索する時期が続きました。
さらに、初めての往診でも衝撃を受けました。出張診療所のある集落に住む80歳になる方の往診を頼まれ、お宅にうかがうと、重い症状のおじいさんが暗い部屋で黙って寝ている。半年くらいその状態だったらしく、私は「とにかく、きちんと検査をしましょう」と病院に連れて行きました。末期の大腸がんと診断、そのまま病院でお亡くなりになりました。その後、お孫さんに会って話をすると、「本当は家で看てあげたかった」と言われたのです。私は愕然としました。今まで自分がやってきたことは何だったんだろうと。
早川一光先生との出会い
在宅医療に取り組む
地域医療に取り組むつもりで来たものの、自分のやるべきことが見えなくて葛藤しているとき、京都在住の医師、早川一光先生が講演で遠野においでになりました。先生は「わらじ医者」とも呼ばれ、住民主体の地域医療を実践し、NHKのドラマ人間模様「とおりゃんせ」のモデルにもなった方です。先生は気さくな方で講演が終わった後、私に声をかけてくださったんです。早川先生との出会いは、運命的といっても過言ではありません。
それから京都のご自宅にうかがったり、手紙やFAXなどをやり取りしているうちに、少しずつ自分の方向性が見えてきました。今まで自分が行ってきた医療がすべて正しいとは限らない。これまでの医療は病気中心、医師中心だったのではないかと自問する私に、早川先生は「地域医療は暮らしの医療」だと教えてくれました。病気だけを診るのではなく、人間を、その人の暮らしを診よう。例えば、あのおじいさんにどのようにしてほしかったのかをきちんと聞いていれば、最期を迎えるまで自宅で暮らす道もあった。自分の家で死にたいということは、最後まで自分の家で生きたいということにほかなりません。
「このおっちゃんにとっては、病気の名前はどっちゃでもええのや。ただな、『あんた、最後まで看てくれるか、つきあってくれるか』と、問われているんや。最後までつきあう覚悟が、僕たち医療人には必要なんだ。そこや」(早川一光著『ほな、また、来るで』より)早川先生のこの言葉こそが自分の進むべき道なんだと確信し、遠野で開業することを決意しました。
遠野の風土に根差した
地域医療を目指す
遠野で開院して9年。患者さんは遠野市内に限らず釜石市や住田町からも来ています。大学や病院では先生方や先輩たちに技術を教えていただきましたが、遠野に来てからは患者さんや地域の皆さんにここで必要な医療を教えていただいていると思っています。
勤務医の時代は何かと制約もありましたが、開業医は自分の考えに沿ってやれることが利点です。在宅医療にも重点を置いている私は、水曜の午後を休診にして患者さんを訪問診療しているほか、火曜日と金曜日の昼休みもその時間に充てています。
在宅医療のいい点は、病気のみならずその方がどんな食べ物が好きで、どんな匂いの中で暮らし、どんなことに喜びを感じるのか、その人の暮らし全体を見られることだと思っています。診療所に勤めた3年間でそれを教えていただきましたし、今も患者さんや家族の方から、夫婦とは、家族とは、老い方とは…。共に考えています。
私は不安を抱えている家族を一人ぽっちにしない。家で看取りたいのか病院に連れていくのか時間をかけてよくお話を聞いて、患者さんや家族の思いをかなえてあげたい。そこはきちんと約束しています。最近は病院の近くに小規模多機能型居宅介護施設やグループホームがありますので、施設内の看取りなど職種の垣根を超えた連携も行っています。
遠野は静かでいい町だと思います。ここに住んで10年以上になりますから暮らしにも慣れました。仕事の合間の息抜きは、釣りと登山です。釜石の海が近いので日曜の朝4時に出ても釣り船に間に合う。釣りは一人ぼっちになれるところがいいし、老若男女分け隔てなくみんな平等なところが気に入っています。登山はきついけど頂上に立ったときの達成感が何とも言えない。早池峰山には4、5回登っていますが、岩手山にはまだ登っていないので、今年の目標です。
子どもたちの学校の活動などを通して『遠野物語』に触れる機会も多く、この土地の風土も少しずつわかってきました。自分たちの伝統や慣習は自分たちで守るという保守的な面はあるものの、若い人たちはやはり変化も望んでいます。年代が変わると風土も変わるものと変わらぬものが出てくる。医療、医師を育てるのは地域ですから、私たちもその変化に合わせて変わっていかなければならない。
地域の皆さんが一体自分に何を求めているのかをよく聞いて、地域の求める医療像に柔軟に対応していける医師でありたいと思っています。
もりぐち・たかし
1970年東京都出身。1995年に岩手医科大学医学部を卒業し、岩手医科大学医学部脳神経外科学講座入局。その間山本組合総合病院、県立北上病院、岩手県高度救命救急センター、県立大船渡病院、県立花巻厚生病院、岩手医大などに勤務。2001年日本脳神経外科学会専門医取得。2004年に遠野市国民健康保険中央診療所に赴任し、2007年に遠野市に守口医院を開院。日本脳神経外科学会、日本プライマリケア連合学会、日本在宅医学会、日本脳卒中学会、日本脳ドック学会、日本東洋医学会などに所属。
患者さんをリラックスさせる和風の趣の診察室。
土曜日の午後、診療が終わってホッと一息。
恩師である早川先生と京都のご自宅前にて。
さだまさしさんの「風に立つライオン」を聴いて医学部進学を決めたという。(遠野でのコンサートにて)
大好きな海釣り。このヒラメは自慢の釣果。
長男と早池峰山登山。
中学生の職場体験学習も受け入れている。
守口医院
〒028-0521 遠野市材木町2-25
TEL.0198-63-2170
【診療科目】
内科、脳神経外科、リハビリテーション科
【診療時間】
月曜・火曜・木曜・金曜
9:30〜12:30
14:30〜18:00
水曜・土曜
9:00〜12:30
【休診日】
日曜・祝祭日