第14回
「居住福祉」のゆくえ。
住宅・生活誌「家と人。」編集長 加藤 大志朗
住宅寿命「27年」の日本の現実
欧米を旅すると、集合・戸建ての区別なく古い住居が美しい都市景観をつくり、いまも当たり前のように人々の日常を支えています。
住宅の平均寿命を調べると、イギリス81年、アメリカ67年、日本27年(国交省)と日本の住宅は圧倒的に短命なことがわかります。
総務省の「平成25年住宅・土地統計調査」によれば、2013年10月1日時点での日本の総住宅数は6063万戸で、空き家の数は820万戸にのぼり、総住宅数に占める割合は13.5%。全住宅流通に占める中古住宅のシェアは約14.7%で、欧米諸国の6分の1程度と低い水準です。
ちなみに、ドイツの空き家率は1%、イギリス2.6%、シンガポール5%。日本では新耐震基準を満たしていないなど耐震性に問題のある中古住宅が4分の1を占め、2カ所以上の手すり、段差解消及び車椅子で通行可能な廊下幅の確保など、これら全てに該当するバリアフリー住宅は5.4%に過ぎません。
高度成長期に「質より量」をめざした住宅政策、耐震性・バリアフリー性・省エネ性など基本性能が低く、少子高齢化に対応できなくなったことなどさまざまな原因が考えられます。欧米のようにライフスタイルの変化に応じて住み替える文化がなく、いまだ土地信仰が根強いことも大きな要因といえそうです。
住環境の整備が国を救う
いまから20年ほど前にお話をうかがった早川和男先生(建築学者・神戸大学名誉教授 1931〜2018)は、「居住福祉」の概念の第一人者でした。
日本では脆弱な社会保障の代替として持ち家の取得に向かう生活者が大半を占め、ローンの負担を少しでも減らそうとする結果、性能が低く、寿命の短い住宅が普及してきた経緯があります。
こうした住宅は社会資本になり得ないことから、早川先生は「住環境を整備した居住福祉資源からのアプローチが、寝たきりを防ぎ、医療費軽減につながる」ことを強く訴えました。
EU諸国では、中古住宅を壊して建て替えするより、断熱的な改修や高効率省エネ設備の導入を前提とした改修・補修に手厚い補助金を出す方向に政策を転換しています。
中古住宅を含む全戸において省エネ性能を評価し、数値を明示する「エネルギー・パス」制度も定着しており、住宅業界の業態を新築からリフォーム・リノベーションに転換し、生活者の意識を大きく変えることに成功しているのです。
居住福祉環境ストックが充実し、高い省エネ性能で光熱費が削減できる住宅が普及することで、特にヨーロッパでは、貨幣単位での経済格差があっても安住でき、悠々と暮らせる国家が増えていったのかもしれません。
公営住宅から始まった「居住福祉」
新築は予算の範囲内であれば希望通り計画できますが、リフォームでは動かせない柱や梁、壁、階段などが多く、間取りやサイズの変更にも多くの制限があります。
数十万円から数百万円規模のリフォームを繰り返しても、近い将来、結局は建て替えに行き着いてしまう現状も無視できません。
バリアフリー面に目を向けると、構造上の問題から根本的な改善が難しく、部分改修で終わってしまうケースが多いのが実情なのです。
北海道では、高齢社会に対応する道営住宅の設計指針を2004年3月にまとめ、整備を進めてきました。
「北海道公営住宅ユニバーサルデザインガイドブック2010」より
高齢者や身体の不自由な人に最大かつ最多のバリアは「狭さ」との視点から、部屋やトイレなどの面積を広くし、ドアや廊下の幅を広げ、壁に可変性を持たせたことが最大の特徴で「狭さ」がバリアとして認識されたことに意味があります。
廊下などをなくし、大空間を自在に仕切ることができるのは、躯体そのものの高い断熱性能によるもの。在宅介護にも配慮し、ベッド周りの三方で介助ができる「新6畳」サイズ(6畳の短辺に45センチを足したサイズ)を確保したことも特筆すべきことでしょう。
公営住宅が高齢社会の実態を見極め、在宅介護をスムーズにする考えを形にしたのは、全国初の試みです。
背景には赤ちゃんからお年寄りまで安心して住めるのが本来の家≠ニいうユニバーサルデザインの発想があり、車椅子使用の生活でも簡単な改修(下辺間仕切り等)で住み続けることを可能にしています。
各戸の総面積は従来と同じですが、間取りのサイズを工夫し「狭さ」を解消した空間を生み出し、すでに1万戸以上の道内の公営住宅がこうした考えのもとに供給され、道営から各市町村営住宅へとすそ野が広がっています。
こうした取り組みがマンションなどの集合住宅、戸建て住宅にまで普及していければ、早川先生のいう「居住福祉」が日本中で体現される日も遠くはないと思われます。
一人暮らしの高齢者のために設計された平屋住宅。いちばん奥が寝室。大空間が吊り引き戸などで自在に間仕切りできるよう工夫され、アイランド型キッチンなどの設置で家事動線も簡略化(奥州市)。
寝室は在宅介護も可能なように「狭さ」のバリアを第一に解除し、ベッド周りでの介助作業がスムーズに行なえるよう設計した(奥州市)。
かとう だいしろう (文・写真)
Daishiro Kato
1956年北海道生まれ。編集者。住宅・生活誌「家と人。」編集長。これまでに25カ国を訪れ、国際福祉・住宅問題などの分野でルポや写真、エッセイを発表。住宅分野では30年にわたり、温熱環境の整備と居住福祉の実現を唱えてきた。主な著書に『現代の国際福祉 アジアへの接近』(中央法規出版)、『家は夏も冬も旨とすべし』(日本評論社)など。出版・編集を手掛けるリヴァープレス社代表(盛岡市)。