家と人をめぐる視点

第18回

読書の秋におすすめの、
「家」と「いのち」をめぐる6冊。

編集者 加藤 大志朗

酷暑の夏が過ぎて、夜も長くなると「燈火(灯火)親しむべし」の季節。ときには、子ども向けの本で記憶をさかのぼり、新しい「気づき」に出合う小さな旅もおすすめです。

実用書のように、具体的なノウハウを教えてくれるわけではないものの、仕事の現場で求められる「想像力」を鍛えることには役立ちそうです。

「ちいさいおうち」

ちいさいおうち

文・絵:バージニア・リー・バートン
訳:石井桃子 岩波書店

「しずかないなかに、ちいさいおうちがたっていました。やがてどうろができ、高いビルがたち、まわりがにぎやかな町になるにつれて、ちいさいおうちは、ひなぎくの花がさく丘を懐かしく思うのでした」

幸せな光景がずっと続くと思っていたのに「ちいさいおうち」の周りは急激に開発の波に洗われます。

「ちいさいおうち」は何も変わらずそこにいるだけなのに、どんどんみすぼらしくなっていく――。私たちが常に、大切にしなければならない「場所」と「時間」を、時代を超えて問いかける1冊。

2019年11月、バートン生誕110年を記念して、より原作に近い色彩で生まれ変わった改版が発売されています。

「小さな家のローラ」

小さな家のローラ

作:ローラ・インガルス・ワイルダー
絵・監訳:安野光雅 朝日出版社

アメリカのテレビドラマ・シリーズ「大草原の小さな家」の原作を、安野光雅の絵と訳で描き下ろし。「旅の絵本」シリーズなどで知られる著者ならではの緻密な描写と親しみやすい訳で、捕ったシカ、飼っているブタの血の一滴まで無駄にしない開拓者たちの知恵と工夫、そこに芽生えた文化、温かくも力強い家族の物語が描かれます。

今年94歳になった著者の絵と文は、電子書籍などのデジタルではなく、本=アナログでこそ楽しみたいもの。2001年3月20日、75歳の誕生日に、故郷津和野の駅前に「安野光雅美術館」が開館、本年3月で10周年を迎えました。安野さんが元気なうちに、訪ねてみたいものです。

「ねずみ女房」

ねずみ女房

作:ルーマー・ゴッデン
画:W・P・デュボア
訳:石井桃子 福音館書店

ある日、野生のハトが捕えられ、ねずみ一家の棲む家の籠に入れられます。ねずみ女房は夫と子どもの世話に明け暮れていましたが、毎日のようにハトの籠まで通い、空や風や星、森や梢、草の露など外の世界の話を聞くのが楽しみになっていきます。

ある日ねずみ女房は、ハトがぐったりとして、何も食べられないでいることに気づきます。

その夜、ねずみ女房は決心します。籠の留め金をこじ開け、ハトを窓から逃がすのです。ねずみ女房は「飛ぶ」ことを知った瞬間、ハトを失います。そして「星」の存在、その美しさを知ります。

外の世界を夢見ながらも、ささいな日常を抱えて生きる大切さを教えてくれる名作。

「西の魔女が死んだ」

西の魔女が死んだ

著:梨木香歩  新潮文庫

英国人のおばあちゃんと不登校になってしまった女の子「まい」が、森の家での暮らしを通して、心通わせる物語。陶器の四角いシンク、調理台にも使えるダイニングテーブル、調理も可能なクックストーブなど、家の中の描写も丁寧です。

魔女でもあるおばあちゃんからは、大人の私たちも大切にしたい言葉がたくさん紡がれます。「人はみんな幸せになれるようにできているんですよ」「十分に生きるために、死ぬ準備をしているわけですね」。

まいが話しかけるときのおばあちゃんの口癖は、「I know」。このやり取りは、まいの存在を決して否定しない、象徴的な言葉として何度も登場します。

亡くなったおばあちゃんが、まいに残した短い言葉の束が涙を誘います。映画の作品もおすすめです。

「夏の庭 The Friends」

夏の庭 The Friends

著:湯本香樹実 新潮文庫

「あのおじいさんが死ぬところ、見てみたくない?」と、近所のおじいさんの観察を始めた3人の少年。見張っていたはずのおじいさんとの交流が次第に深まり、ある日、おじいさんから戦争の話を聞くことになります。

妊娠している女性を殺してしまったこと、死体に触れると腹の子どもが動いたこと…。

暑い夏が終わろうとしている頃、サッカーの合宿から帰った少年たちがおじいさんの家を訪ねると、おじいさんは冷たくなって横たわっていました。

秋。おじいさんの家の庭に、小さなコスモスがたくさん咲きました。少年たちはコスモスを摘み取り、それぞれ庭を後にします。

かけがえのないひと夏の経験。少年たちの成長が切なく美しく描かれる、日本版の「スタンド・バイ・ミー」です。

「幸田文 しつけ帖」

幸田文 しつけ帖

著:幸田文
編:青木玉 平凡社

明治の文豪・幸田露伴の次女として生まれた幸田文。本著では、掃除、食事、身だしなみ、言葉遣いなど、露伴から叩き込まれた「しつけ」全般が綴られています。

文の実母は早くに亡くなり、身体が弱く、家事ができなかった継母に代わって、実父が家事を教えざるを得なかったのでした。露伴は、雑巾がけ、薪割り一つとっても、常に真剣さと渾身を要求します。掃除や家事を通して物事への向き合い方、ひいては生き方そのものを伝えようとしていたのかもしれません。

ロハスやミニマリスト、エコライフなど、横文字の生活志向が流行しています。幸田文が父から受けた「しつけ」からは、無駄を削ぎ落とした日本家屋の原型とシンプルライフの理想のようなものが、はっきりと見えてきそうです。


かとう だいしろう (文・写真)
Daishiro Kato

1956年北海道生まれ。編集者。これまでに25カ国を訪れ、国際福祉・住宅問題などの分野でルポや写真、エッセイを発表。住宅分野では30年以上にわたり、温熱環境の整備と居住福祉の実現を唱えてきた。主な著書に『現代の国際福祉 アジアへの接近』(中央法規出版)、『家は夏も冬も旨とすべし』(日本評論社)など。出版・編集を手掛けるリヴァープレス社代表(盛岡市)。

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