私のサッカー
久慈医師会
久慈恵愛病院院長 河野 貫治
2020年東京オリンピック決定 おめでとうございます。
前回の東京オリンピックのときは私は18か19歳でした。この東京オリンピックのサッカー競技で活躍したのが、この写真のお二人です。真ん中が私です。5、6年前の兵庫の全国シニア大会のレセプションの時のものです。私の右が杉山さんで左のでかい人が釜本さんです。このお二人は東京オリンピックのサッカー競技で大活躍したのですが、憶えている人はあまりいないと思います。当時、サッカーはそれほど人気のスポーツではなかったので。
杉山は快速ウイング、釜本はエースストライカー、二人ともFWとして活躍しました。杉山は対戦したアルゼンチンのチームの関係者から連れてかえりたいと誘われたという記事が当時出たそうです。そのスピードが高く評価されたのです。
釜本はその威力あるシュートで注目され、その次のメキシコオリンピックで得点王となり日本は銅メダルを獲得したのです。憶えている人も多いと思います。
私もこの二人とは全国スポレク大会、年輪ピックで何度か対戦しました。杉山さんとは5、6回対戦しましたが、1度も勝てませんでした。これは私と杉山さんの力関係ではなくて、私の所属する岩手代表チームと静岡代表チームの力関係です。静岡はJリーグのチームが2チームもあるサッカーどころですから、60歳台のチームもその年代では全国トップクラスです。岩手は中くらいのレベルかな。杉山さんはほとんど走らずにきれいなパスを出して周りのみんなを走らせてました。周りがすごいテクニシャンばかりでチームの得点力はすごいです。金沢のスポレクで対戦したときは、あまり点を取られすぎて得点板に記録できなかったのを憶えています。そのときのは一桁しか記録できない得点板だったので。
釜本さんはメキシコオリンピックの得点王に輝いていますが、国会議員と日本サッカー協会副会長という仕事柄、練習不足でまったく走れなくてゴール前で転んでPKをもらってました。昔の面影はまったくありません。釜本さんは大阪代表で出てました。
今、サッカーはオリンピックよりもワールドカップが人気です。
今、ブラジル大会の真っ最中です。寝不足です。日本がんばれ!
(平成26年6月25日)