COLUMN一灯

ブラッド・ピットとおなじ

紫波郡医師会
野崎内科・神経内科医院 野崎 有一

研修医の医療面接の試験(OSCE)では、初診時患者さんに自己紹介しなければ不合格である。医師免許を頂戴し、もう少しで30年にならんとする小生も襟を正さねばならぬと考え、きちんと自己紹介することにした。ところが、「はじめまして」と患者さんに挨拶した途端怪訝そうな顔をされることがよくあるのだ。もしかしたらこの患者さん、この私を知っているのかもしれない。前の病院の患者さん? 通院している患者さんの御家族? 根掘り葉掘り探りをいれ、何とか誤魔化してその場をやり過ごす(いわゆる取り繕い)。あまりにこのようなケースが多く、面倒くさくなったので、「はじめまして」という挨拶はなしにした。

街で患者さんの家族らしき人に出会おうものなら、大変なことになる。頼るべきカルテも手元にない。さらに運悪く妻がいっしょにいたりすると事情が分からないものだから、平気でどなたと聞いてくる。そんなのわからないから聞いてくれるなと目配せし、無視し話を続ける。「その後、どうですか?」などと話していると、「その節は大変お世話になりました。」と返された。もしかしたらお亡くなりになった患者さんの御家族かもしれない(エピソード記憶の完全喪失)? 危ない危ない、やたらなことを話せなくなった。そそくさとその場を退散することになる。

もともと人の名前と顔を覚えるのが苦手である。最近は特にひどく、綺麗だろうが可愛かろうが名前と顔が覚えられなくなってきている。流石に自己主張の強い、こだわりを持っている患者様(ごんぼほりの患者様)は、忘れることはない。少し前になるが、ブラット・ピットが相貌失認をカミングアウトしていた。あのように綺麗な奥様がいて相貌失認もないと思うが、かの大スターでも人の顔を覚えられないのだ。相貌失認といえばボケより聞こえが良いので変に納得した。

気になるなら、クリニックのMRIで頭の検査をすればよいかというとそうでもない。開業直前のMRIの試し撮りでも逃げ回り、結局撮っていない。約20年前に頭部CTを一度撮ったきり、頭の検査はしたことがないのだ。認知症の家族歴があり、Ε4のアレルを持ち合わせているかもしれないので、脳萎縮があったらどうしてくれようといったところだ。社交的で言語能力に秀でて、多趣味、日頃から運動の習慣ある人は、アルツハイマー病の病理に蝕まれても発症しないことがあるが、真逆のタイプの私は逃げおうせる自信がないので、やっぱり捨て置くことにした。毎年、頭の記念写真を撮りに来る人たちの気が知れない。しょうがないので、コメディカルに迷惑をかけながら毎日診察している。自信無げに振り向き、「あの薬なんだっけね。」(いわゆる振り返り)。なんだか物忘れの患者さんの気持ちの良くわかる医者になれそうだ。

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