第3回
「燃費」や「性能」を知って家を建てる時代。
住宅・生活誌「家と人。」編集長 加藤 大志朗
日本の家に必要なのは
性能より精神力?
リッター30キロ以上も走るクルマが相次いで登場し、ガソリンを使用しない電気自動車(EV)も普及してきました。クルマを購入する際は、いまや燃費で選ぶのが常識。リッター10キロしか走らないクルマと30キロ走るクルマとでは、ガソリン代は単純に3分の1となり、これまで年間15万円だったガソリン代が5万円になるのです。
家電製品の進化も目を見張るものがあります。冷蔵庫はこの10年間で消費電力が約3分の1になり、60W形の白熱電球をLED電球にすると、消費電力は5分の1から6分の1で寿命も数十倍。エアコンなどの冷暖房機器、給湯器も数値で性能が示されています。
ところが、家の燃費や性能は気にしないというのが日本人の不思議なところ。夏はエアコンを調整しながら暑さをしのぎ、冬は家のなかが外と同じ寒さになっても我慢。こうした環境がヒートショックなど、健康に大きな影響を与えてきたことは、前回までにふれたとおりです。
暑くて寒くて、結露やカビだらけの家は、健康被害に加えて、在宅介護の場合などにも多くの困難が待ち受けています。日本の家での省エネは、そこに住む人の「精神力」に支えられてきたといっても言い過ぎではないでしょう。
欧米では燃費で
家を選ぶのが当たり前
家庭内での年間のエネルギー消費は暖房と給湯で約7割を占め(東北地方)、給湯は設備の性能次第で省エネの度合いが違ってきます。
問題は暖房です。日本には伝統的に屋内を同じ温度にする全館暖房の文化はなく、必要な場所で身体の表面だけを暖める採暖文化のままです。冬季は、居間20℃、トイレ・浴室は5℃以下といった温度差があるのが一般的で、構造体を断熱し、それを数値化して示す指標が生まれたのも20年くらい前のことでした。
ヨーロッパ諸国ではすでに、エネルギーパスと呼ばれる基準があり、年間を通して室内を快適な温度に保つために必要なエネルギー量をkWh/uで示しています。もともとドイツで提唱された基準ですが、現在ではEU加盟国の多くに拡がり、建物を売買する際に明示することが義務づけられている国が大半を占めます。
この際のエネルギーは簡単にいうと、以下のようになります。
- 必要エネルギー
建物が年間を通して、所定の室内温度を保つために必要なエネルギー=建物外皮・躯体の性能。 - 最終エネルギー
必要エネルギーの設備効率を考慮したもの。実際の家庭で消費するエネルギー=実際の光熱費試算。 - 一次エネルギー
エネルギー源の獲得から輸送、発電、送電等のプロセスを含めて評価したもの。環境への影響を示すもの=一次エネルギー消費量。
ライフスタイルによる消費量の違いは考慮されていませんが、快適な室内温度(夏季27℃、冬季20℃)を維持した場合、というのが前提です。一般的には光熱費の指標ではなく、不動産価値を判断する基準として受け入れられています。
省エネ基準義務化は
2020年に決定
日本の家に省エネの目安が全くなかったわけではありません。住宅の「省エネ基準」が施行されたのは1979年。その後1992年に「新省エネ基準」、1999年に「次世代省エネ基準」へと改正され、 2013年には14年ぶりに改正省エネ基準が施行されました。
改正省エネ基準では、外皮の熱性能を示す指標が熱損失係数(Q値)から外皮平均熱貫流率(UA値)へと変更され(図1)、指標となる一次エネルギー消費量を求める際、気象条件に見合ったエネルギー性能を適切に評価するために、全国を8つの地域に区分しています(図2)。断熱性能のみならず、設備を含めた住戸全体のエネルギー消費の基準を設けたわけで、2020年に義務化されることが決まっています。
現在、日本の人口約1億2700万人のうち、1億人は冬の間、暖かく快適な生活ができていないといわれるほど、日本人は寒さを我慢して暮らしてきた国民です。
「我慢は美徳」で実現する省エネではなく、「建物の性能」を向上させることで家の「燃費」を上げる。「燃費」がよくなることで、CO2や家庭での光熱費が減り、全館暖房が可能となり、ヒートショックの予防や在宅介護にも貢献するなど、いくつもの利点があるのです。
図1 外皮の断熱性を評価する指標
改正省エネ基準では、断熱性能は従来の熱損失係数(Q値)から外皮平均熱貫流率(UA値)が指針となる。家の「燃費」の指標でもあり、数値が小さいほど断熱性能が高いことを示す。
図2 住宅の省エネルギー基準の改定概要
2020年までの新築住宅の省エネ義務化を視野に改正省エネ基準が公布され、住宅に関しては2013年10月1日から施行。同基準では、外皮性能+一次消費エネルギーで住宅の省エネ性能が評価される。
岩手県の指標はUA値0.56W/(uK)(地域により異なる)だが、ドイツなどEU加盟国の断熱基準と比べると依然として低いレベル。
ヒートポンプで低温水をつくり、全館をくまなく暖める。パネルの温度は30℃以下なので、触れても熱くない。洗面所などではタオルかけにも。
建物全体をすっぽり断熱することで大空間でも温度差のない温熱環境をつくることができる。UA値が明確になると、年間の暖房費などもシミュレーションできるようになる。
かとう だいしろう (文・写真)
Daishiro Kato
1956年北海道生まれ。編集者。住宅・生活誌「家と人。」編集長。これまでに約20カ国を訪れ、国際福祉・住宅問題などの分野でルポや写真、エッセイを発表。住宅分野では30年にわたり、温熱環境の整備と居住福祉の実現を唱えてきた。主な著書に『現代の国際福祉 アジアへの接近』(中央法規出版)、『家は夏も冬も旨とすべし』(日本評論社)など。岩手県住宅政策懇話会委員。出版・編集を手掛ける(有)リヴァープレス社代表取締役(盛岡市)。