『岩 手 人』
岩手に移り住んで35年余り、少しずつ『岩手人』になってきたかなぁと思う今日この頃。というのも私は讃岐うどんで有名な香川県高松市で生まれ育ち、18歳の時に医大入学のため盛岡に来た人間だからである。縁もゆかりもなく、当時は文字通り右も左もわからなかった。盛岡についてまず、周りをぐるりと囲む山々、そして四国ではほとんど見ることのない雪を目にし、遠くへ来たことを実感したものである。
駅に着いた後、とりあえず乗ったタクシーの運転手さんは私の目的地である当時上田にできたばかりの第二医大寮をわざわざタクシーから降りて、一緒に探してくれた。その温かい心遣いが何もわからない自分にはありがたかった。
盛岡に来てよく感じることだが、岩手の人々の純朴・素朴で飾らない温かい心遣いは素晴らしい。根気強く地道な真面目さも。宮沢賢治や石川木の文学はその顕著なものではないだろうか。
高松は地理的に商人の町、大阪に近いせいか、何かにつけ他人と競い合い、少しでも早くと我先に動く慌しい気質の人間が多い。高松にいたときは何も思わなかったが、ずいぶんと気質の違いというものがあるものだと思う。
岩手の冬の寒さは厳しく、人々が助け合いながら雪かきをし、凍った道を歩く時は慎重に、一歩一歩転ばないよう足元を確かめながら歩かなければならない。温暖で自然災害の少ない瀬戸内海沿岸で育った私は冬になるとこの厳しい自然との共存が岩手人の気質の源だと考え、岩手人の我慢強さを毎年実感するのだ。
私も今では冬になると雪かきの心配をし、アイスバーンの道を運転し、凍った道を転ばずに歩くことができるようになった。
それでも少し先のことにはなるが、老後はどちらに?と問われると、冬はやはり凍らない高松がよく、夏は涼しい岩手が良いか、スギ花粉症なのでスギの季節は避けたいな…などと考えてしまう。いまひとつ『岩手人』にはなりきれていないようである。